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2013/4/1

Social Leader Vol.2 笠井先生から「社会と学の両立」という意識について、学んだ。 /東京大学医学部精神医学教授 笠井 清登先生

今月は、インタビュー第2弾です!笠井先生から、研究者として、医療人として、社会人として、それらが一元的につながるなにか本質的な部分を、学ばせていただいたように思います。先生、ありがとうございました!

※内容は伺った時のお話に基づいて編集しましたが、一部、紙面の都合上、改編・加工させていただいております。

参考URL
笠井 清登教授ご略歴
http://www.h.u-tokyo.ac.jp/soken/5uni/etc/neuropsychiatry.html
統合失調症と向き合う(JPOP-VOICE)
http://jpop-voice.jp/schizophrenia/i/0907/01.html

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<GR>先生、今日はよろしくお願いします。ご自身と精神医療を重ねていくために、まずは、「笠井先生が精神医療をなぜ目指されたのか」という、先生の過去について、少しお話を伺えますでしょうか。

<笠井先生(以下、先生)>はい、元々、私の父は技師として人工衛星に携わっていましたし、母は専業主婦と、いわゆる「医師家庭」ではない環境で育ちました。自分では、そうですね、小学校の中学年ぐらいまでは、学校生活などでも不器用で飲み込みが悪くて、自分自身、ちょっと「遅れている子供」なのでないかと思っていたりして、学校でもそれほどいじめられているわけはないけれども、どちらかというと活発な子ではない側の存在であったかと思います。
そんな中、普通級に障害を持つお子さんが在学することがあると思うのですが、そういうときに寄り添い者みたいな役割を自然に受け持つところが、自分にあったりしました。高校生の時、将来の職業を考えていった時、周囲からも「お前は人の話を聞くのが得意だから精神科医が向いているのでは」と言われたり、自分でも子供時代の背景からそこに適性を感じていたので、ここで精神科医を志望するようになりました。

<GR>そうすると、笠井先生は、高校生の時から、医師になろうというよりも、精神科医になろうという志望で進路を選ばれたのですね。ある意味、まっすぐなご人生ですし、確かに、笠井先生を見ていると、「医師」という印象だけではなく、「精神科医」という印象を私も持っていることに気づきました。先生、そういう意味で言えば、ここまで、学生時代に想定された道をそのまままっすぐ歩かれているというご自身の印象でしょうか?

<先生>そうですね。高校時代に精神科医という道を選んでから、もちろん、苦しさはあるけれども、後悔はない人生と言えますね。また、出発点が今申したようなところにあるので、精神科医として強いといえば強いかもしれません。普通の家庭に育ってきた分、また、自分自身がいわゆる健常とは少し違うという自覚をもち、障害を持つ方の寄り添い者として自らの存在意義を感じていた分、そこと医学者としての立場との「つなぎ役」といいますかね、調和をとるための「調整弁」みたいな役割も自分にあるのではないかと思っています。

<GR>ミーハーな言い方で恐縮ですけど、「東大医学部卒→ハーバード→東大教授」と、アカデミックとして漫画みたいな(笑)ご経歴なのに、先生って何も飾られないし、臨床家である医師としてのお立場も大切にされたり、精神医療に関係ない分野へのご興味といいますか、学内外で、精神科から外の世界に自ら出られて、社会全体を巻き込みながら精神疾患の患者さんの治療環境をもっと良くしていこうとされているご姿勢がはっきり分かるんです。それだけではなくて、これだけ柔らかい物腰で現場主義なのに、心の中にある「剛」の部分といいますか、研究者として、また東京大学の精神科教授としてのお立場からも大局的にものを捉えられていて、人生の先輩としてすごい人だなぁとか、知り合ってからちょっとしかお付き合いはありませんけど勝手に思っています(笑)

<先生>ハハ、「アカデミズム」による客観性と「市民・社会活動」のような主観性の両立も大切ですよね。

<GR>笠井先生は、震災支援といい、他にも大学の活動に留まらずに、社会に対して色々な働きかけをなさっていますよね。

<先生>私だけの活動ではなく、たくさんの方が携わることで成立しているものですが、私の中で、大きく3つのテーマがあって、
1.市民におけるメンタルヘルスリテラシーの向上をはかる
2.コミュニティにおけるメンタルヘルスの科学的根拠を見いだす
3.メンタルヘルスがとけ込むコミュニティをデザインする
があります。

1.市民におけるメンタルヘルスリテラシー(正しい精神医学知識)の向上をはかる
については、やはり、精神医療をもっと、多くの人が身近なものとして考えるべきで、私としては、将来的には中学校の「指導要領」の中にも組み込まれるべきだと思っています。そのために、東京都などで、中学校の保健体育の授業で使ってもらえるよう、こころの健康をテーマにした副読本作成を進めています。

2.コミュニティにおけるメンタルヘルスの科学的根拠を見いだす
については、思春期のお子さんの心の成長過程とそれに与える要因を客観的に把握し、教育や施策に生かすためのコホート研究を、世田谷区、三鷹市、調布市の協力のもと進めています。印象論ではなく、科学的根拠にもとづいて、コミュニティ精神保健を進めていくことが重要であるからです。

3.メンタルヘルスがとけ込むコミュニティをデザインする
については、東大病院精神科が東日本大震災にともなうこころのケア活動を東松島市で長期的に行ってきた経験から、保健師が地域住民の精神保健状態を平時から把握することが災害時のコミュニティ精神保健にも重要となるモデルを広げていきたいと思っています。自分自身が住んでいる自治体においても、こころの健康に関する区民会議などに参加してメンタルヘルスがとけ込むコミュニティデザインに貢献したいと思っています。精神障害を持つ方の就労にも関心を持っており、日本理化学工業の大山泰弘さん(注1)などから学びたいと考えています。

こうした言ってみれば、病棟や研究室を離れた、コミュニティにおける精神保健も、両輪の片側として、とても重要だと思っています。

<GR>なるほど、こちらは、片輪なわけですね。

<先生>もう片方である、学問的にもですね、精神科領域というのは注目されつつあります。従来の脳科学は、精神機能を知るには、まず遺伝子を知らなければいけないという、還元主義的アプローチを進めてきました。しかしながら、精神機能は、自分自身の脳機能を制御し、それを通じて、神経回路、分子、ひいては遺伝子発現を変化させます。このような精神機能と脳機能の双方向性モデルが、今後の脳科学的アプローチの主流となるでしょう。

<GR>ここは、アカデミックな部分ですね。先生が仰っていた「社会の成熟」と「学問としての精神医学の進化」の両輪が大切だと仰っていた意味とつながってきました。

<先生>学術的な深化や人材育成といった「アカデミズム」と市民活動といいますか「社会環境の整備」というのは、どちらも両立させることがとても大切で、どちらかに偏ってもいけないと思うのです。そういう意味でも、公衆衛生学の方だけでなく、臨床家である私達も関わることで、その二つのつなぎ役としての役割を担えればと思うのです。

<GR>医師であり、教授でもある笠井先生が、一般社会にも働きかけをなさっている意義が良く分かりました。最後になってしまいますが、先生、一般の方・・・という言葉が適切かどうかも分かりませんが、現在、「精神疾患」を患っていない方々といいますか、漠然とした「社会というもの」に対して、精神医療の現場としてのメッセージをいただけますでしょうか。

<先生>一つは、精神疾患の薬物療法に対しての偏った世間のイメージについてです。いわゆる、「精神科に通うと薬漬けにされる」というイメージのことで、現状は、薬に対するネガティブなイメージが先行している感がどうしてもあります。患者さんが、自分の判断で、薬の服用を中止して、症状が悪化する原因の一つにもなります。世の中の精神科医全てが、薬の処方を安易に出し過ぎていないとまでは言いませんが、適切でタイムリーな薬物療法(と精神療法、生活支援の組み合わせ)によって、脳機能の変化を通じた精神機能の改善を日々経験している医師としては、脳と生活のバランスモデルを提唱したいですし、世間の報道として、一部の事例から精神科の薬全体を悪であるとする印象にもっていっていただきたくなく思います。

二つに、精神病患者さんへの偏見についてです。たとえば、精神疾患の既往歴を持った方が犯罪を起こすと、ニュースではそのことにたいてい言及しますが、精神疾患を持つからといって、一般の方より犯罪率が高いわけではありません。こうしたマスコミの報道も、社会での差別を助長している一因でないかと思うのです。

最後に、精神疾患は皆さんが思っている以上に多く、なんらかの精神疾患になる確率は約25%、すなわち、4人に1人というデータがあります。これに認知症を加えたり、介護者として関わる方々のデータを入れれば、すごい数の方々が、一生のうちどこかで精神疾患に関わるといえるでしょう。

<GR>精神病の話を他人事と捉えない、いつでも、自分の身の回りで起こりうる話だという認識を、我々が持つところから理解を始めるべきですね。本日は、お忙しい中、本当にありがとうございました。

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【注釈】
(注1)大山泰弘氏
日本理化学工業株式会社会長。ベストセラー「日本でいちばん大切にしたい会社」でも紹介され、 工場で働く半数以上が障害を持っている方を雇用している企業としても有名。
http://www.visionet.jp/biginterviews/ooyama/

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